住宅地に鉄塔が立ち並ぶ東京・東大和市。「送電線銀座」と呼ばれる街に、小川隆志さん(47)
の一家5人が住んでいる。2階建ての小川さん宅の3.8m上空を、6万6000ボルトの送電線
が斜めに横切っていた。電線の下は建築上の利用制限がかかるため、割安で購入した家だ。
1993年10月、長男の健一君(当時7歳)が貧血で倒れ、急性骨髄性白血病と診断されて
入院した。「電磁波が問題じゃないの。」近所の主婦に言われ、妻の博子さん(50)はそれまで
気に留めていなかった送電線が気になりだした。
翌年7月、送電ルート変更工事の一環として、送電線と鉄塔1基が撤去された。健一君は翌月
退院し2学期から学校に復帰した。その後、夫妻は送電線の件を忘れようと努めているが、今でも
「息子の病気は電磁波のせいだったのではないだろうか」との思いが残る。
全国の電力10社でつくる電気事業連合会(電事連)は、「因果関係は、動物実験や細胞実験も併せて
評価し、総合的に判断を下す必要がある」と指摘する。10社の97年の共同研究では、ヒトの白血病や
脳腫瘍などの細胞に最大500μTの電磁波を3日間当てたが、がん細胞の増殖に影響は見られなかった。
電力中央研究所(電中研)でも、84年から動物実験を続ける。米国エネルギー省との共同研究では、
ヒトを使い、電磁波が中枢神経系ホルモンに影響を与えるかどうかを調べた。細胞実験を含む17件の
結果は、ほぼすべて「影響なし」だった。「今のところ、環境中の電磁波が健康に悪影響を及ぼすという
科学的証拠はない」としたうえで、今後も研究を続けるという。
「安全であることを証明するには、無限の努力が必要」。ある電力会社の社員はため息交じりに漏らす。
人は自らの先入観や信念に有利な情報を選ぶ傾向がある。
電磁波の健康影響を巡る様々な研究の成果には、シロ、クロ両方あるが、「健康に有害」と考える住民は
無意識にクロの結論を集めがちだ。
電磁波問題に取り組む市民団体「ガウスネットワーク」によると、これまでに全国で起きた送電線建設
反対運動は29件。また、長野県東御市など4箇所で、健康被害などを争点に送電線撤去を求める民事訴訟
が起こされた。勝訴判決は1件もない。
電事連は「電力会社は住民の不安を解消するため、問い合わせに真摯に対応している」とする。しかし、
現場ではしばしば「健康への影響はない」と繰り返す電力会社側と、不安を訴える住民側が対立する構図
が見られる。
東京日野市では2002年5月、高幡不動変電所建設を巡って近隣住民と東京電力が対立。健康への影響を
懸念する住民が説明会を求めたが、東電側が工事を強行したため、市が「工事の2ヶ月延期と住民との徹底
協議」を要請する騒ぎになった。計18回開かれた説明会でも、「納得のいく説明を」と求める住民側と
「電磁波は安全」と繰り返す東電との話し合いは平行線をたどった。
工事は続けられ、変電所は昨年7月に完成。近隣の主婦は、「今は被害はないが、何十年後は分からない。
この地域には小さい子供も多いし。」と納得がいかない様子だ。
住民に不安が残る限り、電力会社との間の溝は、埋まらない。
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